引用元:今じゃ考えられない昭和の生活◆2
http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1443595213/


470: 名無しさん@おーぷん 2017/01/02(月)09:25:44 ID:???
50年以上前、ど田舎の町の小学生だった。
給食用に、たぶん、米軍基地からの放出物資じゃないかと思うのだが
「マカロニ」が大量に入ってきた。
が、なにせ田舎のことゆえ、マカロニの調理法を知っている人がいなかった。
ともあれ乾してあるもののようなので、茹でればいいんだろう。
茹でたら餅に似てないこともないから……

その日の給食の献立は「マカロニのきなこあえ」だった。
頭をまっさらにして考えてみると、普通に食べられないこともない。
というか、普通に食べた。特においしくもまずくもなかった。

同じ頃、町にも、同じように「スパゲティ」が出回った。
が、なにせ田舎のことゆえ(ry
今度は「茹でたら肉や野菜と炒める」という調理法が口頭で出回ったが
そもそも「スパゲティ」という名称も耳から入ってきたものなので
町の人たちは完全に日本語というかひらがなで「すぱげて」と発音した。

飲食店にはこんな貼り紙がされた。
「すぱげて始めました」
(もちろん墨で縦書きだ)

今でも、町の年寄りは、スパゲティは「すぱげて」と発音する。
いやいくらなんでも50年前ならみんな知ってたよと思うかも知れないが、
俺は大学に入るんで東京に出てくるまで、レタスだって知らなかったぞ。

471: 名無しさん@おーぷん 2017/01/03(火)13:40:49 ID:???
>>470 読んで思い出した話
今60の母が子供の頃、
父親が新品種じゃとレタスの苗を買ってきて畑に植えた。
立派に育ったレタスを見て「はて、どうやって食べたもんか?」と家族みんなであーでもない、こーでもないと考えた結果、
酢味噌をちょんと付けて食べるのが美味いとの結論に達した。
商店との兼業農家だったので、しばらく店先で酢味噌とレタスを並べて販売したそうな。

472: 名無しさん@おーぷん 2017/01/03(火)13:45:19 ID:???
今60の母が子供の頃の話
離島で商店やってた母の生家では、夏にはかき氷を販売していた
船で氷が届いたら、家の前の道を山の方へ山の方へ、鈴を鳴らしながら「かき氷はいかがですか?」と叫びながら登ったそうな。
折り返して家に帰るとお客がいっぱい並んでいたそうだが、
肝心のかき氷に掛かっているのは粉砂糖
母の記憶ではそれでも美味しかったそうだ